恥という概念

 

「恥」という概念を持っていない人は、いないと思う

しかし同様に、恥の概念があって得をしたという経験を持っている人も、いないのではないか

 

有名な「マズロー欲求5段階説」は、人間の欲求

「生存」「安全」「所属と愛」「承認」「自己実現」という順番で満たされていくとしている

 

この中でないと死んでしまうのは生存と安全であり、それ以降がなくても物理的に死ぬことはない

例外として、社会的に追い詰められて自殺によって死ぬケースはあるが

 

「所属と愛」以降のフェーズでは専ら社会的地位が対象とされているが、社会的地位は「恥」と大きく関係している

「衣食足りて礼節を知る」という言葉が表すのもそれである

 

ここでタイトルに立ち返るが、恥の概念はどんな意味があるのだろうか

恥というのは、社会的文脈において「遅れている人」が「進んでいる人」に対して抱く感情だと思う

だとすると、人間が文化的、社会的に進歩するために恥という概念が役に立ったといえるのかもしれない

 

しかし現代社会においては、恥の概念が人の挑戦を阻害するケースが案外多いと思う

例えば、成功すれば人類の進歩に大きく貢献するかもしれない事業を思いついたとしても、それを思い切って実行できる人はそう多くない

なぜなら、失敗したらかなりの確率で社会的地位を失うからだ

 

もし、恥も外聞も一切かなぐり捨てれる覚悟ができているなら

事業に失敗して一文無しになったら社会的には終わりかも知れないけど、誰かに懇願して衣食を恵んでもらえば生存は確保できる

 

つまり、思いついたことをやりたいようにやって失敗しても、失うのは社会的地位くらいのもので、死にはしない

もちろん人を殺せば死刑で命を失うことがあるし

犯罪行為をして投獄されたらしばらく自由に生活できないからその辺の規制はある

しかしそこにさえ引っかからなければ

ある意味何をやっても、失うものは何もない

 

そうはいっても人に嫌われたくはないし

現状維持バイアスに従って生きていれば失敗する不安と隣合わせで生きていかなくていいし

恥を捨ててまで何かをなさなくていいという人も多くいるかもしれない

 

でも個人的には過去を振り返ると

捨ててしまえばいい無駄なプライドに邪魔をされて行動を起こせなかった後悔が多くあるので

今は、恥をかかない以外のメリットがない選択肢は、切り捨てることにしている