友達自慢

 

歴史を学ぶ意味はなんだろうか

私にとっては、今をより良くするための教訓を得ることである

 

つまり、細かい年号とか歴史解釈なんかは

受験をクリアするという目的以外では意味を持たない

 

だから、聖徳太子が実在したのかどうか、みたいなことに時間を空費することに意味を感じない

 

もちろんその行為自体が楽しくて趣味としてやっているというなら

理解はできるんだけど

 

歴史上の偉人を引き合いに出して

あの人はこの点がすごかったとか、この点は足りていなかったとか

礼賛したり非難している人を見ると

じゃあ自分はどうなの?って

 

それは

友達がプロ野球選手だ、とか

昔のクラスメイトが有名人になったとか

いわゆる友達自慢しか能がない人と全く同じ

 

自分は何もすごくないし偉くないのに

友達の栄光にあやかってあたかも自分もすごいみたいな態度をとるのはかなりダサい

 

昔の栄光に縋るのもダサい行動の一つだけど

自分のことだから友達自慢よりはまだマシだ

 

今の自分の価値を誇れる人間になるよう努力を怠らない