フリーライダーのジレンマ

 

フリーライダー

 

経済学においては、ことに公共財のように非排除性があるサービスについて、対価(供給のための費用)を支払わないで便益を享受する者を指す用語である。

〈出典〉 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%95%E3%83%AA%E3%83%BC%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%83%80%E3%83%BC

 

コストを払わずに利益を得ようとする人、みたいなこと

大人数の集団においてこういう人が占める割合が大きいと

「正直者がバカを見る」ことになる

 

しかし、私の見解ではフリーライダー的メンタリティは、総合的に見ると損をする

その前提には、フリーライダーが物事に対して前進か後退かで言うと後退しているという考えがある

故に、突然降って来たチャンスに対して一瞬でのめり込めるタイプの人ならフリーライダーであっても損をしないと思う

 

なんだけど、大半の人は降ってきたチャンスに対してすぐに臨戦態勢を取れない

フリーライダーは往々にして受動的なスタンスを取っている

一方公的な形式の授業だと内容が入ってこないように、受動的なスタンスは新たな収穫を得るのに向かない

 

一方、自らコストをかけて何かを得ようとする人は受け入れ体制が整っている

すると、意図した収穫を存分に享受できるのはもちろんのこと

思わぬ僥倖もきちんと享受する準備ができている

 

そして以上の考え方は、人生全般において言える

便宜的にフリーライダーの対義語を「ドライバー」と名付けるなら

ある分野に関してドライバー的スタンスで臨んでいる人は、大抵他のことについてもドライバーである

一方、ある分野においてフリーライダー的スタンスを取っている人は、他の事に関してもフリーライダーである

 

で、人生における様々な局面で自ら何かを得ようと働きかける人と

いかなる局面でも、なるべく労せずおこぼれに与ろうとする人では

人生を通して見た時の充実度が全く違うことになるのは明白だ

 

というわけで、自らリスクやコストをとることを厭わずに自分の人生を切り開いていきたい