だったら

 

「でも」「だけど」「それは分かるけど」

 

物事を前にすすめることを妨げる言葉

この後に続く言葉が

何か新たな進歩や広がりを見せたことがいまだかつてあるだろうか

 

ないよね、って話

 

 

でも口癖はなかなか抜けない

と、ここですでに「でも」を使うほど、私自身これらの言葉に取り憑かれている

 

そこで私が取り入れているのが

「でも」を「だったら」に変換する、という方法

「だったら」を使うと、後にはどうしたって前向きな内容が来る

 

何かの事象に対してマイナスな感情を抱いたとしても

「だったら」を使うことで強制的に前向きにさせられる

 

 

 

例えば

 

 

〈でも〉

友達「明日休みだし海でも行かない?」

私「いいねー!でも今日まで仕事立て込んでてコンディションあんまりよくないんだよね」

友達「そっかー。じゃあまた今度にしようか」

私「ごめんねー。また誘って!」

 

→このケース、結局「今度」は一生来ない。友達は私以外の人を探して海に行く。私はせっかくのチャンスを棒に振る

 

 

〈だったら〉

友達「明日休みだし海でも行かない?」

私「いいね!(ここんとこ仕事がハードで疲れてるけど) だったらついでにマッサージしてくれる温泉も行きたいなー!」

友達「温泉かー!最高だね!!じゃあこことか良さそうじゃ…」

 

→有り難いことに海に誘ってもらえたが、体がかなり疲れている。ならば、海には行くとして、それでも自分の疲れを癒す方法を考える。そこでマッサージを提案した。そうすれば海を楽しめる上、疲れも癒せる。大抵こういうのは、行ってしまえば楽しい。行くまでがめんどくさいだけなのだ。友達がわざわざそのきっかけを作ってくれているのに、それに乗っからない手はない。

 

以上のように、「だったら」を使うことで「やらない」選択肢を意識から外すことができる

「やる」という前提で、自分にとってよりよい帰結を目指す

 

こうすることで、人生をより楽しめるし、周りの人を楽しませられる人間になると思う